神戸地方裁判所 昭和38年(行)7号 判決 1969年10月13日
原告 福本久
被告 神戸東労働基準監督署長
訴訟代理人 上野至 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
原告訴訟代理人は「被告が昭和三五年一二月二四日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法による障害補償費支給に関する処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
(原告)
(請求の原因)
一、原告は訴外三和造船工業所の工員として勤務していたものであるが、昭和三五年八月六日同所第二船台右舷側作業現場において作業中、足場より転落して業務上負傷(以下、本件負傷という)し、川崎重工業株式会社所属診療所で応急処置を受けたうえ、川崎病院に転送され「左踵骨々折・頭部挫創・右大腿部打撲傷」の傷病名で治療を受け、同年一二月一五日に症状固定・治癒したものである。
二、そして、原告は被告に対し本件負傷による残存障害について障害補償費を請求したところ、被告が昭和三五年一二月二四日労働者災害補償保険法施行規則別表第一(昭和四一年一月労働省令第二号による改正前)に定める障害等級(以下、障害等級という)第一二級の一二(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するとして同等級相当額の障害補償費を支給する旨の処分(以下、本件処分という)をしたので、これを不服として兵庫労働者災害補償保険審査官に審査の請求をしたところ棄却され、さらに労働保険審査会に再審査の請求をしたが棄却され、右裁決書は昭和三七年一二月二六日原告に送還された。
三、しかしながら、原告の本件負傷による残存障害は、次のような神経機能の障害及び足関節機能の障害であるところ、本件処分は認定を誤つた違法があるから取消されるべきものである。
(一)神経機能の障害について
原告は昭和三五年一二月一五日当時左足背部の大半にしびれ感があり、痛覚なく、第二ないし第五趾の四趾は自動的に全く屈伸不能であり、同月二二日当時、左足背部に痛覚脱出・知覚異常の症状があり、受傷当時より腓骨神経麻痺があり、昭和三六年一〇月二日当時、疼疹痛高度・蹠部よりの介達痛(+)であり、昭和四二年当時においても、疼痛が持続し、殊に、夜分、左足背一帯が踵れ上り、熱が出る程である。
したがつて、神経機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものであるから、障害等級第八級の三に該当する。
(二)足関節機能の障害について
原告の左足関節機能の障害の原因は、関節周囲の軟部組織、とくに、距骨と踵骨とを結ぶ靱帯の損傷にあるが。左足背屈100°(90°)、同蹠屈120°(135°)、右足背屈85°、同蹠屈150°であつて、左足関節の運動可能領域(120°-100°=20°)は、右足よりみた生理的運動領域(150°-85°=65°)の(1/2)以下に制限され、かつ、内外翻に著明な障害がある。仮に、運動可能領域が生理的運動領域の(3/4)を超えていたとしても、前述のとおり、内外翻の著しい障害がある。
したがつて、足関節の機能に障害を残すものであるから、障害等級第一〇級の一〇又は第一二級の七に該当する。
(三) そして、以上のとおり、神経機能の障害は障害等級第八級の三もしくは第一二級の一二に、足関節機能の障害は同第一〇級の一〇もしくは第一二級の七にそれぞれ該当し、第一三級以上に該当する身体障害が二以上ある場合であるから、労働基準法施行規則第四〇条第三項により、次のとおり、併合して等級の一級繰上げが当然になされるべきである。
神経機能の障害 足関節機能の障害 併合一級繰上げ
(イ)第八級の三 第一〇級の一〇もしくは第一二級の七 第七級
(ロ)第一二級の一二 第一〇級の一〇 第九級
(ハ)第一二級の一二 第一二級の七 第一一級
(被告)
(答弁)
原告主張の一、二の事実は認める。
同三の事実は否認する。
(主張)
被告が原告の本件負傷による残存障害を障害等級第一二級の一二に該当するものと認定した理由は次のとおりである。
(一) 神経機能の障害について
障害等級第八級の三(神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務に服することができないもの)は、通常、頭部外傷、脊髄損傷等に伴う不眼・不安・抑欝・不機嫌・心気亢進等の自律神経系の障害を指し、具体的には、副交感神経或いは交感神経の損傷による主として体温・呼吸・循環・調節等の機能に残された障害を意味し、本来の労働能力の約45%程度の減退を来たしてくると認められる段階に該当する程度の重症をいうのであり、第一二級の一二は、疼痛・麻痺等末梢性の病的感覚を指称し、例えば、神経系路の骨折・変形・瘢痕形成・癒着等の器質的変化によつて神経の走行が圧追され、或いは異常刺激となつて神経症状を呈する場合にその症状が頑固であつて永久的又は半永久的に持続し労働に支障を来たす程度のものをいうのであるが、原告の左足関節は踵骨外側に軽度の骨隆起が認められるのみで、その他に踵脹もなく、X線写真によると、骨癒合は良好であり、距踵関節面に不整合は認められるが、足関節に麻痺性尖足も認められず、その他異常の認められない状態であり、距踵関節の不整合によつて生ずる圧痛及び痛覚脱出は相当期間後遺症として持続・残存するものではあるが、右程度の神経症状が残存しても軽易な労務以外に服せないとはいい得ず、結局、第八級の三には及ばないが、第一二級の一二に該当させるのが相当としてこれに決定したものである。
(二) 足関節機能の障害について
足関節機能の障害については
(1) 関節の用を廃したもの(第八級)
(2) 関節の機能に著しい障害を残すもの(第一〇級)
(3) 関節の機能に障害を残すもの(第一二級)
の三段階に区分して規定され、比較的障害の軽い(2) においても運動可能領域が生理的運動領域の(1/2)以下に制限された場合であるが、(3) においてはこれが(3/4)以下に制限された場合とされているが、原告の屈伸運動(背蹠屈)による運動可能領域は他動的にみてほぼ正常に近く、又麻痺性尖足も認められなかつたので、原告の足関節にある程度の障害が存在する(右距踵関節の内外翻に測定の不可能な多少の障害がある)ことは認めたが、障害等級の基準までに達しないものとして非該当と決定したものである。
以上のとおり、本件処分は認定を誤つた違法はなく正当である。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、原告が訴外三和造船工業所の工員として勤務していたところ、昭和三五年八月六日同所第二船台右舷側作業現場において作業中、足場により転落して業務上負傷し、川崎重工業株式会社所属診療所で応急処置を受けたうえ、川崎病院に転送され、「左腫骨々折・頭部挫創・右大腿部打撲傷」の傷病名で治療を受け、同年一二月一五日に症状固定・治癒したこと並びに原告が被告に対し本件負傷による残存障害について障害補償費を請求したところ、被告が同年一二月二四日障害等級第一二級の一二に該当するとして同等級相当額の障害補償費を支給する旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。
二、そこで、原告の本件負傷による残存障害の部位及び程度について判断する。
<証拠省略>によると、次の事実が認められる。
(一)原告は昭和三五年八月六日川崎病院で診察を受けた結果、頭部挫創・右大腿部打撲傷は軽症であつたが、左足踵骨(跟骨ともいう)の中央に関節面に達すると思われるひび割れ、その後部に長さ約1cmの亀裂があつて踵骨がアキレス腱により引上げられており整復手術(麻酔によつて筋肉を弛緩させ鈎線を入れて骨を正しい位置に戻し固定する比較的簡単な手術)を必要とすることが判明した。
(二)そして、原告は同年八月一八日右整復手術を受けギブスで固定されたが、手術後の経過は極めて順調であつて、同月二〇日以降殆んど疼痛・腫脹なく、同月二五日歩行を許可され、同月三一日(ギブスをはめた儘で)趾の運動が良好であり、同年一〇月二〇日ギブスを除去され、その後、足蹠板で歩行練習を始め、同年一一月二日から物理療法(電気をかけ、手でマツサージをする療法)を開始、同月四日退院して翌五日から(翌年二月頃まで)休日以外毎日マツサージのため通院したところ、同年一二月初め頃、運動障害が多少残つていたが、麻痺性尖足なく、腫脹が少くなり、疼痛も訴えなくなつたので、同月九日主治医・竹内恒夫は症状固定・治癒と判断した。
(三)次に、原告は、退院直後から足蹠板を着用し、その後、痛みが薄らぐにつれてこれを付けたり外したりして昭和三七年八月頃まで使用し、一方、昭和三六年四月頃から昭和四一年一〇月頃まで人を使つて鉄骨建築工事の請負業を営み、忙しいときは、月二〇日間位、工事現場で、自ら、捻子締め・電気熔接・瓦斯切断等の仕事をし、昭和四二年四月二〇日当時建設会社から下請した広告塔設置のための電気熔接工事に従事中であつた。
(四)これより先、労働基準局医師・広谷巌が昭和三五年一二月二二日原告の左足のX線写真を撮らせたうえ、左足を診察したところ、「足関節の腫脹なく踵骨外側に軽度の骨隆起あり、圧痛を認む。左下腿に3.5cmの筋萎縮あり、足関節は自動的に非協力的で殆んど動かさない。他覚的にほぼ正常(ただし、回内外は障害)、第二ないし第五足指も同様に僅かに動かす程度で他動的に正常。左足背に痛覚脱出を訴えるが、その随伴症状はない。骨癒合良好なるも、距踵関節面に不整合を認める。歩行時麻痺性尖足は認められず、足背の知覚障害・足指(二~五)の運動制限は本人の訴える程度のものではない。」との結果であつた。
(五)次に、労働基準局医師・伊藤友正が昭和三六年一月三〇日原告の左足を診察したところ、「下腿周囲に長さ3cmの筋萎縮を左側に認める。足関節可動性は90°-145°(自動、他動とも殆んど同じ。左足85°-155°)の屈伸を認めるが、内外飜は疼痛のため著しく阻害されている。骨肥厚(軽度)扁平足(足蹠板使用中)を認める。距踵関節面に及ぶ骨折を認め、かつ、ベーラー角も減少しているが、距腿関節には異常を認めない。足背には軽度の腫脹(浮腫)及び足指にチアノーゼを認めるが、関節運動性は良好である。関節周囲の軟部組織について格別の損傷は認められない。」との結果であつた。
以上の事実が認められ、<証拠省略>のうち、右認定に副わない部分は信用することができない。
もつとも、
(1)<証拠省略>には「原告の左足背にしびれ感を訴える。第一趾は自動的に屈伸可能なるも、第二-第五距の四趾は自動的に全く屈伸不能である。蹠趾関節は多少自動可能なるも、趾関節の自動運動は零である。
表<省略>
足関節背屈十分ならず、趾関節自動不可能にして現在足蹠板及び練習なしに歩行困難である。」旨の記載があり、<証拠省略>はこれと同旨の証言をし、また、(2) <証拠省略>には「原告の足関節運動」
背堀 蹠屈
左 100°(90°) 120°(135°)
右 85° 150°
内外飜に顕著な障害あり、(他覚的に)疼痛高度。蹠部よりの介達痛(+)。左足関節の背・蹠屈共に健足に比して自動的にも他動的にも運動障害を残している。」旨の記載があり、証人伊藤成幸はこれと同旨及び左足の関節周囲の軟部組織(靱帯)に損傷があつたと思う旨の証書をし、いずれも、原告の主張に副うもののようではあるけれども、(1) のうち、左足背部のしびれ感については<証拠省略>によると、長期間ギブスをかけたためであることが窺われ、趾関節・蹠趾関節の運動については原告の自訴のみに基く診察によるものであり、足関節の運動範囲については<証拠省略>により明らかである労働者災害補償保険法上許されない不正確な皮膚面測定によるものであることが認められ、また(2) については、<証拠省略>によると、原告の自訴及び診察時撮影のX線写真のみを資料としてされた診察によるものであることが認められるから、右各記載及び証言のうち、前記(四)(五)の各診察の結果に牴触する部分は採用することができない。
そして、前記(一)ないし(五)の各事実を綜合すると、原告の本件負傷による残存障害としては、左距踵関節の不整合によつて生ずる圧痛及び痛覚脱出があり、左足の内外飜運動に多少の障害が存在するも、その他に異常なく、左足の運動可能領域が生理的運動領域の(3/4)を超え、可動性はほぼ正常に近く、原告は通常の労務に従事し得たものであるというべきである。
すなわち、右残存障害は、<証拠省略>によれば、局部に頑固た神経症状を残すものではあるが、足関節の機能に障害を残すものには至らないものと認めるのが相当である。
三、そうすると、被告が原告の本件負傷による残存障害を障害等級第一二級の一二に該当するものとして本件処分をしたことは相当であつて、他に右処分を取消すべき違法は認められない。
四、そこで、原告の本件処分の取消を求める請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口照雄 仲西二郎 井深泰夫)